辞典の魅力!【じてん・の・みりょく・!】

  • 国語辞典は思考のキッカケ

    私の場合は辞書のなかでも国語辞典を中心に楽しんでいますが、辞書全般についていえるのは、辞書は非常に愛らしい書籍であるということです。手に持った感じ、紙の質感・薄さ・色、文字や記号の見やすさ。なにより匂いが好きです。裏映りしない、破けない、インクがにじまない、それでいて薄い、ということで他の書籍とは違った材質でできている辞書の紙。どういう紙に仕上げるかは編集者の腕とセンスの見せ所ですが、二千ページほどになる紙の辞書を持ったときの、あの香りにはなんとも言えないものがあり、私は辞書は嗅ぐものだとも思っています。

    いや、今つい「匂い」とか「香り」とか言ってしまいました。ここではどちらを使えばいいのでしょうか。 『三省堂国語辞典 第七版』で「香り」をひくと「①〔弱いけれどもはっきり感じられる〕いいにおい。「花の―・茶の―」 ②独特のいい感じ。「芸術の―高い作品」」とありました。そうか、「香り」は弱いのか、そして「いいにおい」に限定的に使われるのか。たしかに「糞尿の香り」とか言わないな。「独特のいい感じ」という説明は、わかりやすくて簡潔で、三省堂国語らしい説明で、むしろ潔さに好感を持っちゃうね。

    で、「匂い」をひくと「①そのものからただよってきて、鼻に感じられるもの。「さかなを焼く―・―が立つ〔=いいにおいがする〕 」②それらしい感じ。おもむき。「下町の―がする」 ③〔雅〕美しい色つや。「―めでたき桜花(サクラバナ)」 ④刀の刃(ハ)の表面にあらわれる、けむりのような形の模様。」とある。③と④に関しては別として、①は「いいにおい」にも使われるし、そうでない場合にも使われることを示唆している。では②の「それらしい感じ」は、「香り」の「独特のいい感じ」とどう違うのだろう。「下町の匂い」と「下町の香り」。たしかに匂いとなると具体的なおもむきだが、香りというと概念的な感じもする。このあたりが「匂い」と「香り」の違いだろうか。

    辞書に「正解」はないけれど、いつも思考の「キッカケ」を与えてくれる。だから読むのが楽しい。みなさんも辞書に鼻をうずめてみて、辞書の「匂い」か「香り」を楽しんでくださいね!

    2021年4月26日

  • オフィス北野所属 サンキュータツオ

    サンキュータツオ

    1976年東京生まれ。芸人。お笑いコンビ「米粒写経」として活躍する一方、一橋大学非常勤講師もつとめる。早稲田大学第一文学部卒業後、早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文化専攻博士後期課程修了。文学修士。ラジオ出演や雑誌連載など多数。著書に『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』『ヘンな論文』『もっとヘンな論文』『これやこの サンキュータツオ随筆集』などがある。『広辞苑』の第七版では、サブカルチャー分野を担当した。