辞典の魅力!【じてん・の・みりょく・!】
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辞書はさみしがりや
辞書を開くのは辞書に用事があるとき。それは分からない言葉に出会ったとき、そして意味を詳しく知りたいとき、綴りを確かめたいとき。用事が終われば辞書を閉じる。本棚にしまう。
という「当たり前」を卒業して、用事がないときの暇つぶしに辞書のページを手繰るようになって、ずいぶん経ちました。知っている語や日ごろ使い慣れている語なら、ああそうだねと独りごとが出てきます。「おー、こうやって説明してあるんだ」と小さな感動を覚えることもあります。一度も見たことがない語だと、どんな場面で使うんだろうと気になり、いつか使ってみようかなとワクワクしてきます。
それから「辞書占い」も好きですね。手元にあるのは、学生時代から愛用している英語の辞典。エイっと開いて、目に入った語はorthodoxでした。正統派の仕事をせよ、との戒めなのかもしれません。同じページにどんな語があるのかを見るのも楽しいひとときです。
編者の先生たちが命を削って書きあげた辞書で暇な時間をつぶすとは少し罰当たりな気もしていたのですが、自分が辞書を編集してから、考えが変わりました。用事がある方にはどんどん辞書を開いていただきたい、そしてお役に立てるといいなあと思う…、これは作り手の本当の気持ちです。でも、いささか図々しいわたしは、用事がないときにも辞書を手にしてほしいと願うのです。ハッとする表現や、クスリと笑える例文などの細かいしかけは暇つぶしのよき相手になってくれるし、読み物ではないから、どこから読んでもいいし、いつでも止めることはできる。こんなに魅力的で、しかも「あなた好み」になってくれる友達はいないでしょう。
ときどき自分が辞書になったらどんな気持ちだろうと考えるんです。書棚で直立不動させられるよりは、机の上でも、枕元でも、とにかく君の目と手が届くところにおいてねと頼むでしょうね。用がないときにもカマってくれよと甘えるだろうな。辞書は意外とさみしがりやで甘えん坊かもしれません。
わたしたちが書いた 『パスポート初級ベトナム語辞典』は、そんな辞書のなかでもとびっきりのさみしがりやです。どうかいつもおそばにおいて、喜怒哀楽を共にしてくださいますように。
2021年3月22日
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田原洋樹
立命館アジア太平洋大学教授。専門はベトナム語、ベトナムのポピュラー音楽。著書に『ベトナム語のしくみ』『くわしく知りたいベトナム語文法』『ベトナム語表現とことんトレーニング』、共編著に『パスポート初級ベトナム語辞典』(いずれも白水社刊)がある。