辞典の魅力!【じてん・の・みりょく・!】

  • 〈辞書の魅力!〉見出し語を説明する言葉

    辞書は、ある言葉の意味を易しく説明したものだ――これが、一般的な理解だと思われる。たしかに、ある難しい言葉や未知の言葉に出会ったとき、その意味を知るために、辞書が引かれる。だから、〈易しい〉言葉は、わさわざ引かれることはない。けれども、〈易しい〉言葉も辞書には掲載される必要がある。「この辞典には、易しい言葉は載っていません」、いわゆる『難語辞典』のたぐいなら許されるであろうが、一般の国語辞書では許されないことである。

    しかし、辞書は、難しい言葉や未知の言葉を、易しく説明したものという発想を、考え直してはどうか。逆に、辞書の見出し語を説明する言葉は、その説明対象の言葉以外なら、どんなに難しい言葉を使ってもよい、と考えてはどうかと思う。たとえば、「ためらう〈動〉躊躇する」。しかし、これでは、話が逆である。『難解言い回し辞典』みたいなものなら別であるが。そこで、「ためらう〈動〉なにかをしようとすることに制動がかかる」、としてみる。しかし、ここでわざわざ「制動」を使わなければならない理由はない。無理に難しい言葉を使う必要もないのである。ここは、もっと易しく、「ためらう〈動〉なにかをしようと心には決めていても、実行する決断がつかない」、でよい。しかし、それでも、「実行」「決断」を敢えて使わなければならないのか、とも思う。そこは、「やろうとする踏ん切りがつかない」とすればどうか。なんのことはない、やっているうちに、いつのまにか易しく表現できるようになった。

    どのような言葉を選んで、説明対象となる言葉を上手に説明するか。それは、辞書編集者それぞれの腕の見せどころであり、そこに辞書の魅力がある。

    2021年3月8日

  • 明治大学文学部教授 小野 正弘

    小野正弘

    明治大学文学部教授。1958年。岩手県一関市出身。
    東北大学大学院文学研究科博士後期過程、単位取得中退。鶴見大学専任講師、助教授、教授を経て、現職。国語学専攻。なかでも、語彙・意味の歴史を中心に研究している。主な著書に、『日本語オノマトペ辞典』(編著)、『オノマトペ 日本語の擬音語と擬態語』などがある。